安全保障貿易管理Ⅱ
10月2日(金)本日、第一回委員会。上海から、駆けつけたM社長と昵懇になった。メンバーの反応も悪くなかった。海外と国内の架け橋になることが求められている。
10月2日(金)本日、第一回委員会。上海から、駆けつけたM社長と昵懇になった。メンバーの反応も悪くなかった。海外と国内の架け橋になることが求められている。
年1回、この時期にグループ会社の委員を集めて行われる大会。80名の委員が集まった。委員長は、今年から新任のI取締り役。経済産業省からの天下りだけに、受身の姿勢ではなく、Proactiveな業務遂行を求める判りやすい話をしてくれた。そして、事務局長のS室長の話も本質に切り込んだ内容だった。さすがに慣れてきたこともあるが、この仕事のホンネとタテマエを使い分ける難しさに精通してきた事が窺えた。
安全保障という国家の一大テーマに結びつく仕事を、どのように考えるかがポイント。法律に違反しない為に云々は、タテマエ。ホンネは、組織が一糸乱れぬ体制を構築できるかどうかの試金石と捉えることにある。再編新組織にも通ずる道である。今日の大会は、成功と言って良いだろう。S室長の満足そうな笑みを見て、そう思った。(^J^)
30日、工事責任者として多くの現場を経験してきた超ベテランのNさんとBenuyで晩飯。このプロジェクトを通じてなかなか親しく話す機会がなかったが、胸襟を開くことが出来た。
Benuyは、ホテルに隣接する古い官舎群の一隅に、ポツンとある店だが、店の内装には古代エジプトの装飾が施された高級レストランである。クレオパトラとかファラオとかの名前の付いた個室がいくつかあり、1時間3000KTGで借りれる。食事は肉サラダとバ-ベキュ-、美味かった。Nさんは、店の女の子と仲良くなる名人である。値段は、2.5時間居て2300KTG。
10時前に、fusionに行く。同じくホテルから歩いてすぐの店。いたるところにハアメリカ文化に浸れるようなコンセプトが店の売りのようだった。11時近くまでいると周りは、若い女の子達で埋まって来た。仕事も一段落したので、存分に楽しめることが出来た。
(^J^)
成田で外貨交換 97.86\/$。 ユニクロでパンツ4枚調達する。1800\也。自動鼻毛掃除器980\也。障害保険70000\也。インチョンに無事到着。ホワイトチョコ11$。焼き海苔13$で調達。 アシアナは、映画のサ-ビスをやってない。梅原猛全集から「万葉を考える」を持って来て正解であった。
Almatyまで6.5時間が短く感じる程である。
集中して読まないと理解できない本だったが、機内で読むには丁度、良かった。万葉集は、文化的価値もさることながら教科書や公の歴史書では書かれていない7世紀日本と当時の東アジア情勢を知る上で大変貴重な資料であることが判る。
HotelKazaphstanで1020$をKTGに換金rate:149KTG/$ 。初めて泊まったが、一泊21,500KTG也だが、当地では今までで最高のHotelであるように思った。
工事再開に向けてトルコ側工事体制の強化を狙って日本側設計陣が大挙して乗り込むことになった。今日は、北京経由でアスタナに向かう。久しぶりの一人旅である。時間を有効に使って成果につなげたいと思う。
いつもの様に、空港カウンタ―で手に入ると思ったが、何処も予約で空きがないと・・ツレナイ対応に落胆。旅行シ―ズンにぶつかったようでした。ただのレンタル携帯よりずっと便利なので、人気が高いのだろう。以後、要注意である。
1週間の強行スケジュールであったが、無事に戻った。日本は相変わらずの猛暑が続いている。多くの話題を提供してくれた北京オリンピックも終わり、中国がメダル獲得NO.1となり名実共にアジア一の大国にのし上がった。世界が、これからどう動いていくのか、そして日本は、大丈夫と言えるのか?
星野ジャパンの惨敗は、日本が抱える組織体の弱点を浮き彫りにしているように思えて来る。個人・集団・組織、それぞれが目標を一つに出来なければ厳しい戦いを制することは出来ない。
星野ジャパンの戦いぶりから、感じたことは戦略の欠如。この一言である。日本を託すに足る人物は、熱い心と冷めた頭脳の持ち主の中から選ばれねばならない。PMAJオンライン9月号では、T先生がご自身のコラム「ダブリンの風」で北京オリンピックを総括し、マラソンでの日本人選手の惨状を嘆いておられる。あのどうしようもない結果は、日本陸連という組織の問題として考えねば駄目で、その病根は深い・・・と。全く同感である。
今回は、工事最盛期の建設現場への出張であった。サイトの一角に設営されたキャンプは、コンソーシアムパートナーであるトルコのゼネコンの手によるものであるが立派に運営されていた。現場は久しぶりだが、目の前で自分の設計したものがどんどん組みあがって行く場に立ち会うことは、いつになっても良い勉強になる。
大幅な工期遅れを招いているが「急がば回れ」という通り、ここはしっかりと踏み止まり、じっくりと体制を立て直す時である。
3日間の短期であるが、インドから来たMr.Dの協力を得て廃墟のような既設設備のリハビリ工事の詳細を詰めることが出来た。これから本番を迎える機械工事には、難題が山積みであるが、幸いにサイトメンバーの士気は旺盛である。全面的に彼らをバックアップし、必ずや、プロジェクトを成功させねばならない。
今後三ヵ年の経営計画:環境事業の再生を掲げて、カンパニーのトップによる意思伝達があった。全ての過去の負債を償却し、ゼロからのスタートを切るにあたり経営トップにより社員全員を対象に決意の表明が行われた。ものづくりのDNAを絶やさず、今こそ技術陣よ、奮起せよ・・、立派な会社になって世間に認知される事業を興そうではないかという真摯なメッセージであった。
単発プロジェクトの寄せ集めでは、エンジニアリング事業の安定は図れない。売り切りのビジネスは波がある。顧客に頼られる会社になることから、始めなければならない。
はでな経営ビジョンは、敢えて示されなかったが、2010年に向けてやらねばならないことは見えた。
今日は、MOMにサインするだけとなった。P社のT部長との打ち合わせは、スムーズである。彼はいつも私の隣に座り、お互いに問題を図にしながら話すので意思疎通が早い。
昨夜は、P社のA部長が奥さん同伴で夕食を共にしてくれた。奥さんが右手を使って器用に料理を口に運ぶのを見て日本人全員、ナイフとフォークを置いてマネをしながら食べてみた。右手だけでの動作だと、鶏肉をほぐしたりするのは難しい。箸を上手に使えるようになるのと同じく訓練が要ることが判った。
食事の後、クジャラート州のフェステイバルがあるというので、S君と一緒に付いて行った。若い男女がインドの正装をして夜通し踊り明かす慣わしだそうである。行ってみると凄い人手に圧倒された。色とりどりのサリーを身にまとった10代の女の子の集団を見るのは初めてでもあった。若い人が元気な国は、いいと思った。
このお祭りは、ナインナイツ(NINE NIGHTS)と呼ばれるインドでは一年で一番大事なイベントとのことであった。ヒンヅー暦では、10月と11月が日本の西暦の12月と1月にあたるそうで、一年の締めくくりに9日間、毎夜、夜を徹して踊り明かし神が悪鬼を倒す手助けをするという信仰が人々を突き動かしているということを、T部長が教えてくれた
。
今日は9時にホテルをチェックアウト。仕事を早めに終わらせて土産を探しに街に出れるようにしよう。
今回の出張では、携帯電話が大変役に立っている。会社支給の携帯だと内蔵カードをレンタルした海外用携帯電話に入れ替えるだけで自分のダイヤル番号がそのまま海外でも使える。自前の携帯だと、日本への通話は遠慮してしまうが、これだと通話料金は直接会社決済に行くので遠慮なく日本に電話が出来る。通信状態も問題ない。会議中にどんどん日本に電話して問題解決を図ることが出来た。
問題解決能力が大事と言われて久しい。何事も目的を明確にしなければ、何が問題かが判らない。問題だと感じる事が、まず大事。
7時になった、支度をしよう。なんとか、今日中に仕事を終わらせて、明日はバローダ市内を見学してみたい。
⇒バローダCityMuseum
タイ・バンコク経由でムンバイに無事到着した。ホテルは、いつもの空港に近いORCHIDホテルだが、ここはインターネットが無線LAN接続が標準なので会社から持って行ったPCではつながらない。BCに電話して、ケーブル接続用のアダプターを持ってきてもらってやっと接続できたところである。料金は、2000円/日である。
朝7時、早速ネットで情報収集。阪神が、中日にボコボコで負けていた・・。今日も、移動日である。インドは、直行便が少ないので、往復、丸々4日間が移動時間。あちこちうろうろするより、インターネットで時間をつぶすのが一番いい。

インド出張のために、成田空港行き高速バスに乗っている。関東自動車道は、渋滞はなく幕張から空港まで30分である。今回は、プロジェクトからは、若手のS君と超ベテランFさんが同行。
五反田に行って来た。関連各社の30代の若手10名程が参加した中に混じって、いろいろと言いたいことを言わせてもらった。30代後半の若手社員と話す機会は、滅多にないので出かけてみた。労働組合の役員が中心になって声をかけた今回のイベントであったが、30代後半の活力が、これほど衰えていようとは思わなかった。
なぜ、こうなったのか??知らぬ間に、時は過ぎて行ったが、大手と言われる企業に勤める30代は、やる気をなくしているという話は、本当だった。
労働組合の役員を始め、関連会社の30代の社員と交流した。感想は、・・・・自分の30代後半は、もっとアグレッシブだったように思い出す。この10年、社会環境の変化は目まぐるしかったのも事実。バブル後の入社組は、明らかに目標喪失現象の中を漂い、会社生活を送ってきた世代なのかも知れない。
※「オフサイトミーティング」とは、様々な職業を持つ人々が仕事の場を離れ、一箇所に集まってああでもない、こうでもないと「気楽に真面目な話をする」場のことで自分の位置(サイト、site)を離れてミーティングすることの中から、職場では出てこない新しいアイデアを見つけ、老化している組織体質の潤滑油として機能させようというのがねらいです。もちろん、組織だけでなく、参加者自身にも新たな刺激が与えられて、その後の日々の仕事への「やる気・やりがい」につながる可能性も大です。
今、インド時間の午前6時30分。バローダのホテルからブログを書いている。ここはインターネットは、モデム接続なので回線が混んでない今の時間帯になってやっとつながることが判った。
昨夜は、P社社長にスージャ・パレスで夕食をご馳走になった。T君と私、P社は社長だけでとてもフレンドリーな時間が過ごせた。もう73歳になっておられるが、この方も現役バリバリの社長さんである。息子へ事業を継がせるべく色々な思案をめぐらせている様子が伝わってきた。
エンジニアとして経営者として成功を収めた人物である。資本の論理ではなく、知恵の力で会社を大きくして来た自負が伺えた。これからもインドは世界のエンジニアのパートナーとして有望である。この会社の資産である知恵と人脈を絶やさないようにして欲しいものと感じた次第であった。
今回の出張もこれで一区切り。今日はムンバイへ戻り、かの地へ駐在しているかつての同僚と会う予定である。
タイの観光名所になっている ショーを見ることができた。
アジアで王国としての歴史を保持し続けているこの国独自の伝統文化が壮大なショーに仕立て上げてられている。全3幕、1時間半。ショーは8時から始まるが、その前には劇場前の広場でショーの出演者達によるショートパーフォーマンス
が行われたり、ブッフェ形式の夕食も付いて料金は5千円。ツアー客必見を唱っているだけのことはあった。
今回、一緒に来ているロジックにうるさいプロジェクトメンバーのT君は、オペラや日本の能・歌舞伎の類と一緒でどうも感動に結びつかないとボヤいていた。自嘲気味な自己分析が意外に感じられたが、彼に対する親近感が増したように思える。
こちらタイのホテルでは、高速インターネットの利用環境が整備されている。お値段は600バーツ(約2000円)/一日である。
前の会社で一緒だったK君が、ホテルに訪ねて来てくれた。K君は当地の現地法人に出向して、6年。すっかりタイに根付いた様子だった。ホテルは、快適である。インドに比べれば割安感がある。
インターネットで日本語のタイ観光専門サイトを見つけた。なるほど・・タイの人気が高いのがよく判る。
このホテルは、市内繁華街から離れたところにあるが地下鉄の駅に近く、スッチー御用達としても有名のようである。
明日から一週間、海外である。帰るとすぐに空手大会があり、学会春期大会がある。 そして、そのまま連休に突入する。今年は、例年に増して慌ただしく時刻が過ぎて行きそうな、そんな気がする。
中東向けの新しいプロポーザルが入って来た。打合せの為に、久しぶりに新宿に行った。この街もメガポリス東京の象徴のような街である。高度成長期を経て日本に蓄えられた多くの富が築き上げた壮観な光景である。かつての繁栄の果実は、これらの高層ビルに姿を変えて我々の遺産になっている。しかし、豪奢な建物の中では非効率でムダの多い会議に忙殺されている多くのサラリーマンが働いているのが現実である。
このプロポーザルは、米国のコンサルタントがエンジニアとして入札仕様を取りまとめている。資金潤沢な中東でのプロジェクトであるせいか、仕様は大変グレードが高いものになっている。日本勢としてアトラクテイブなプロポーザルを出そうと言うことで話がまとまった。
やっと日本に帰って来た。アスタナから日本への直行便は、まだ無い。旧首都であるアルマトイ空港からソウル空港までカザフスタンの独占航空会社エア・アスタナに乗った。空港発06:10に間に合うように04:00前に空港に到着。チェック・インを済ませてゆったりとボーデイングゲートの待合席でフライト便の到着を待つつもりでホテルを出たが、とんでもない目に遭ってしまった。
ここは、飛行機は時間通りに飛ばないという前提で空港ができていた。時間とおりに事は、運ばないからその皺寄せは、すべて人間に来る。待たされ、並ばされる人間は、普通は文句をいい、不平を募らせ、やがて規律(?)を乱して不満を管理者にぶつける・・・。これが自由社会での普通の光景である。
しかし、ここでは逆で、えらそうにしているのは空港側であった。チェックインカウンターと出国審査のカウンターのための人溜まりのスペースが区画されていない。予定通りに人が捌けないとあっという間に人の山が出来てしまう。混雑防止のためであろうが、人溜まりへの入場と出国審査カウンターへの入場を、空港職員らしき輩がトランシーバー片手に取り仕切るのである。
こっちは、自分のフライト時間に合わせてやって来ているのに、向こうは飛行機の準備状況や空港職員の都合に合わせて入場者の順番を決めるので、いつになったら自分の順番が来るのか分からないまま、並ばされて待たされたあげく、搭乗出来たのは全乗客の一番最後になってしまった。飛行機は予定を一時間遅れて飛び立った。
システムに慣れているトルコ人、韓国人は管理者の手口を知っているのか、先に来ている我々を追い越して入場しさっさと搭乗をすませていたのであった。
早くに来たものが、順番通りにサービスが受けられるようにするのが客商売の一番の売りであろうと思う者にとっては、非常に腹立たしい一日であった。機内のサービスも最低で、笑顔で接客という精神のカケラも感じられなかった。
ソウルで乗り換えたアシアナ航空の添乗員のサービスを、なんともエレガンスかつソーシャブルと感じたことである。
カザフスタンが、今後中央アジアの盟主として発展を遂げて行く過程では、真っ先に改善されなければならない点であろうと思う。
非効率、不都合を制度や仕組みの改善に求めずに、人間に我慢を強いる社会はいづれ破綻することを、この国の指導者は気づいているのだろうか???
日本大使館主催の日本映画際に行ってきた。日本映画が3本上映された。毎年、行われているようであるが、コンサルタントのSさん曰く、今回は異例の大入りであったと・・・。
三本の内、二本を見た。『蒲田行進曲』と『死国』。どちらも好評で、蒲田行進曲を見終わった客からオーチンハラショー、スパシーボと声をかけられ握手を求められた。主催者関係者と間違われたのかも知れない。一昔前の作品ではあったが、日本は、経済一辺倒の国柄では無いということが、今日の映画祭では伝えられたのではなかろうか??ソフトパワーが、認知されるような外務省の地道な活動に触れて、少し自国を見直す気になった。
今回出張メンバー全員で見に行ったが、日本人の姿は、ほとんどなく我々がすぐに目についたのか、カザフスタン大使館のI特命全権大使自らが、ご夫婦で我々に近づいて来られた。名刺交換をして、記念写真を撮った。日本に居ては、滅多にない機会であった。
映画を見終わって、帰り際に日本人と階段で一緒になった。誰かと思ったら、コンサルタントのSさんである。全くの初対面だったにも関わらず、気軽に声をかける事ができた。Sさんは、他の首都移転支援プロジェクトのプロジェクトマネージャーとしてアスタナに赴任されて5年になるというこの道の大先輩である。一つのプロジェクトが、5年経っても終わらないということは異常であるが、この国の意思決定システムの複雑さの証左なのかも知れない。都市づくり・国づくりという壮大な計画の推進組織である政府や国家との付き合い方は、本当に難しいと思う。
帰国前日に、数少ない日本人の主要人物と一挙に対面できたのは、大きな収穫であった。
明日は、午後のフライトである。 『地球の歩き方』で中央アジアのお土産を調べてから寝ることにしよう。
フランス勢の現地調査の合間に時間が空いたので今日は早めに切り上げてホテルでワークすることになった。プロジェクト主要メンバーの顔ぶれがそろったところで、一先ず休憩というところである。ホテルから歩いて10分ほどで、市の中心を流れる川の川べりに出ることが出来る。散歩がてらに行ってみた。旧市街の名残を感じることが出来た。
文字や言葉を駆使してお互いの主張をぶつけ合うのが世界のやり方であるに対して、日本は言葉によって主張し合う事に慣れていない。行動や態度でお互いの位置関係を確認するまでは、本音を出せない日本人は、世界から誤解されてしまう。そして立場やメンツにこだわるビジネス習慣からも抜けきれていない日本人は、おそらく世界から相手にされなくなるだろう。
エンジニアリングビジネスは、世界共通のルールに基づいて成り立っているという共通観を持つことからスタートである。
いつもより少し遅い朝食を済ませて、街に出てみた。アスタナ駅まで歩いて50分。 人通りは、まばらながらも町並みはすっきりとしていた。大きな配管が街路に沿って走っているのが目に留まった。厳しい冬を過ごすために不可欠な温水(蒸気ではなさそう)を各家庭へ送るためのものであろう。電気を熱源にしたら大変な電力がいる事になるので、社会主義の時代に計画的に行ったものだと思う。
アスタナ駅の近くに小さなバザールがあった。果物が安かったのでリンゴを買って帰った。一キロ200テンゲ(1テンゲは、大体1円)
明日からは、プロジェクトのステークホルダーが一同に会したミーテイングが始まる。トルコ、フランス、インドそして日本からプロジェクトの担当者が集まった。プロジェクトの進み具合を、お互いに発表して情報の交流に不都合が起きてないかを確認することが目的である。有意義な一週間になるようにしたいと思う。
アスタナ市に来て最初の週末を迎える。季節は、今が一番でもう少しすると冬将軍がやって来るという。通訳のSさんが遠出をしないかと誘ってくれたが、今週にやった現地調査の結果をまとめなければならないので今回は断念した。
カザフスタンは、ロシア語が共用語である。いつものことであるが海外に出るとその国の歴史、生い立ちに興味が湧いてくる。Sさんは、旧ソ連時代からロシアと関わってこられたベテランの通訳で、何かにつけソ連時代の非効率な社会の仕組みが変わってない・・・と、この国について語られるが、若い女の子に話しかけるのは、非常に巧みで感心させられることしきりである。
ある国のことを知るには、言葉を覚えてその国の人とコミュニケーション出来るようになるのが一番である。少しづつ言葉を覚えて行こうと思う・・。<おねえさん>のことは<デブウシカ>と言うそうである。
アスタナ市は、10年前に新首都として新しく出来た市街とそれ以前の市街とに分かれている。明日は、時間があれば旧市街に行ってみようと思う。
を後にしてカザフスタンの首都、アスタナ市に降り立った。新首都空港から都心のホテルに向かう車窓からは、至るところで住宅の建設に立ち働くタワークレーンの姿が目に飛び込んできた。首都移転から10年、政治経済の中心として新しく生まれたこの街は、今なお大量の市民を受け入れる準備の真っ最中であることが伺い知れる光景であった。
ホテルで昼食をとり、午後からサイト事務所へ出向いた。今回のコンソーシアムパートナーのA社の幹部に挨拶し、事務所から30分離れたサイトの下見を行った。新しく生まれ変わる街のライフラインを支えるこの現場でも、あちこちで改造工事が進行中であった。
さまざまに使命を負ったプロジェクトが同時進行で行われている現場である。われわれのプロジェクトの使命が他のプロジェクトと調和して進んでいけるようにしなければならない。
明日からの本格的調査を前に改めて思った次第である。
今日は、朝から雨模様、家族に車で成田空港行き高速バスが立ち寄るホテルまで送ってもらった。我が家から歩いて行ける場所に空港行き直行バスの停留所があるが、今回は荷物が大きいので雨宿りの出来るホテルにてバスを待つことにした。
ソウル経由でALMATYに到着した。ソウル仁川空港は、すばらしい空港だった。アジアのハブ空港として、ソウルとタイのバグダッドは共に十分な機能をもっており、将来を考えたレイアウトが活きている。日本は空港を筆頭に、これらの大規模設備の建設プロジェクトでは利用者の最大限の利便性を追求するという原則がなく、まずハードありきの設計しかやってこなかった。世界を舞台にしたこの業界では、これまでの日本式が通用するとは思えない。経済活動のインフラを整備する役割使命を前提にしたビジネス展開で最も大切なことは、全てのステークホルダーが満足を得るプロジェクトを志向することである。この原則を忘れたら、我々はこの世界で相手にしてもらえなくなる・・・との認識が必要と思う。
6時間のフライトでカザフスタンの旧首都ARMATYに着いた。ホテルでインターネットにつなげた。
カザフスタンはまだ高速通信回線の整備は出来ていないようである。モデム接続でしかインターネットにつながらない。XP環境のPCでは、IpassContactのようなソフトを介さなくても直接、ホテルがもっているアカウントにダイアルすれば繋げることができる。ちなみにこのホテルは、一時間までの接続は無料ということである。
明日は、4時に起きてアスタナへ向かう。
来週は、いよいよ客先技術陣とのキックオフミーテイングが開催される。二週間の長丁場になるが、今まで準備した成果を結実させるためには、きっちりとAGENDAを作ってミーテイングに臨まなければならない。
空手の大会を済ませてからのフライトになる。今日は、最後の練習だったが、南光之型で一歩半の運足が出来てないと注意を受けた。下半身のリードが不十分なためである。
大会をスッキリした気持ちで終わらせたい。そして気分よく旅立てるように頑張ろう。
バローダ発11:40の9W350でムンバイのLEELA HOTELに戻った。HOTELまでは、15分。空港に迎えに来てくれたドライバーが、インド土産の店に立ち寄ってくれた。カシミヤ絨毯、カシミヤ、シルクのショールそれに高級ダージリンテイーやインドの像をかたどったグナッシュ神の彫り物などを扱っていた。達者な英語を話す兄弟が経営する店だった。 30分程立ち寄り、お茶とショールを買った。意外といい買い物をしたかも知れない。ダージリンテイーの新茶は、かなり高価である。一般のお茶の10倍することが分かった。
さて、インドのエンジ会社と契約が成立した。船が港を出た後と同じように、これからがプロジェクトのマネジメントが本番を迎える。入念に準備した航海図を持って、迷うことなく事故を未然に防ぎながら目的地を目指そう。
夜のフライトまで、だいぶ時間がある。仕様書のドラフトを仕上げてしまうことにする。
今回のインターネットは、有料だった862Rs/24hr。Why??
三日間の打合せが終わった。P社は今回も我々に十分に満足できる結果を与えてくれたと思う。夜には、インド式の立食パーテイを開いてくれ、P社幹部との語らいで大いに盛り上がる事ができた。 ここバローダは州(クジャラート)の法律でアルコールが飲めないので酒なしであるが、インド人は本当に話好きな民族である。
おそらく地方ごとに言葉がちがうので、共通言語である英語でお互いにコミュニケーションを取ろうという気持ちが強いからだと思う。話さなくても分かるという文化で育った日本人は、インドに来て拙い英語でもいいから、どんどんインド人と交わればコミュニケーション力はUPするということを実感した。
本当は「インド」を見て回りたいところだが、今回テロ騒動の後なので自重しよう。イスラムとヒンドウーは対話で解決できる世界ではないようである。社長の息子は、セールスのためにずーっと中東を回っていたと言っていたがきっと、かなりのストレスを感じて帰ってきたのだろう。ひどく疲れた様子だった。これからのインドの発展では、解決しなければいけないテーマのようである。
今日は、MOMにサインして終わる予定である。ホテルに戻ってたまった仕事を少しでも片付けようと思う。
ISO9000の認証更新審査が終了。開発・審査・検証・妥当性確認の設計プロセスの意味と使い分けが、漸く出来るようになって来た。
JAL直行便でデリーから成田に、6時30分に到着。京成バスの連絡は、9時台にしか無いことが判明。初めてJRに乗って千葉まで出てモノレールに乗り換え海浜幕張まで荷物を引きずって帰って来た。帰りのバスがあるか、どうかは出発前に見ておくべき。時間が、余る時は、空港でゆっくり時間待ちするほうが賢い選択である。今回の出張では、プロジェクト主要メンバー六人が、10日間常時行動を共にした。Nさんとは、このプロジェクトを通じて腹を割った話が出来ることが分かった。今回の出張結果を反映し、チームの意見を交えたプロジェクト実行方針の作成が課題である。
紅茶は、確かに安い。100Rp(300円)で100g買える。3000円分買って帰ったが、妻の評価は、今一である。JALはさすがに機内設備は充実している。映画は、10本程度どれでも見放題。三丁目の夕日は、なかなか良い映画だ。最後まで見れなかった。TSUTAYAでチェック。
バローダ、ムンバイを経てチェンナイを回り、デリーに帰って来た。各地のエンジニアリング会社を調査して思うことは、世界規模の経済活動で果たすインドの役割は大きく、彼らは十分に期待に応えるレベルにあるという事である。彼らが、必ず聞くことは我々は、何をすればいいのか?何処から何処までが、我々の仕事かハッキリしてくれということである。あからさまには言わないが、リスクの所在を明らかにせず、あいまいさを残すある意味高度な日本式取引には、ついては行けないという事だと理解する必要がある。
インターネット利用は、高級ホテルでは、有料サービスで大体一時間200Rp(600円)ぐらいかかり、電話回線を利用したほうが割安である。WBCでのJapan優勝の快挙もインターネットを介して仔細を知ることが出来、写真記事でも問題なくアクセスできるので問題はない。
10日間の旅は、あっという間に終わりを迎えた。家族に、紅茶を買って帰ると約束した、明日の空き時間にコンノートプレースに出て物色しよう。
インドに来て3日目、ここバローダはインド文明が発祥したインダス川流域に栄えた都市であり、インドで最も早く工業化された都市という話である。インドに拠点を持つ世界中のコントラクターが、この国のエンジニアリングマンパワーを自社のビジネスに活用しようと目論んでいる事が実感できた。またP社の大歓迎を受け、思いの他の収穫のあった二日間でもあった。世界規模のコンタラクターのパートナーとしての実績・能力が確認できた。インド人は論理的な民族とは聞いていたが、エンジニアリングプロセスの透明性は我々以上。そしてトップ自らが戦略を持ち、我々の訪問をビジネスチャンスと捕らえ、周到な準備をして待ち構えていたことからも、この会社は使えるとの思いを強くした。
デリーに到着。早速、ホテルからモデムにつないでマイブログにアクセスした。なんか、ホットする。えらいものである、世界中、どこからでも日本の環境に飛んで行ける。今、現地時間で午前1時を少し回ったところである。気候は、33℃だが、蒸し暑くない。デリーの空は、埃っぽい感じがする。人間が多いから??そういえば、北京の空も埃っぽかった。明日は、9時にホテルを出てG社を訪問。会社のメーラーを立ち上げて、社に報告を入れて、風呂に入り寝ることにする。
忘れないように、タイ航空は搭乗券の半券を郵送すればANAのマイレージに登録出来る。
https://www.ana.co.jp/amc-member/reference/tameru/flightmile_int_2.html
今度は、香港。
部長曰く、どうやってインドの会社の成果物をチェックするか、やり方を考えておけ--と。次は、香港だからひとつの仕事にべったりとはいかんぞ--と言いたいのだろう。仕事のパッケージ化、始めと終わりがきちんと検証できるようにしておかなければならない。手切れの良い仕事を心がけるが、日本人を増員しなければならないようなヤリ方は、今や通用しないという事が、部長連中は理解できてない。理屈がつけば日本人を入れて何とかするという発想は、私は取らない。
Eudraのインストールが、出来ずにOutlookに切り替えたが、思いの他、パワフルで使いやすいことがわかった。ライバルを駆逐して行くMSの凄さを再認識。
今回の出張では、プラントの建設工事に必要な膨大な設計図書の作成を任せられる設計会社を訪問し、その力量を見極めることが使命である。一流の会社は、設計情報の種類と流れに優先順位をつけることが出来る。プロジェクトの全体像を決めて、細部との関係を構築していく枠組みを決める部分での共通観が重要になる。
今回の調査目的は、前回引き合いの内容の具体的項目のつめというよりは、先入観なしに担当者として相手側ケイパビリテイを確認するという意味合いが強いわけであるから、調査の観点としては、個人的に確認したいことが優先してもよいと思う。
1.事務所の環境
2.経営者の態度
3.経営方針
4.技術者の技量、コミュニケーション能力:機器のプロットプランを確定させ、土建要求図を作って行く手法を持っているか?配管図とP&Iが果たす役割についての認識は、適切か?などを確かめたい。
5.マニュアル類の整備状況
6.実績の確認、図面、作業場の環境
7.服務規程、組織図、QA/QC上のルール
8.WBSのコンセプトで、実績管理が出来ているか?
エリア単位で、各設計作業にメジャメントを割付、出来高と予算と請求金額の妥当性確認を行う方法がとられているか?
これらが、グラフなどで可視化できるレポーテイングになっているか?
9.CADオペレーションマニュアルはあるか?
10.図面の変更管理、設計情報の共有管理は、マニュアル通りに出来ているか?
などなどである。
15日出発と決定した。パスポート、ビザも準備できた。パスポートは有効期限が今年の12月までなので、ビザも半年で切れてしまう。5月には、カザフスタンにも行かなければならないが、帰国後にはパスポートの書き換えをしておこう。出張用PCのセッテイングがいつものことながら面倒くさい。
さ来週からインド出張が予定されている。インドは、初めてだが、今、中国と並んで経済大国予備軍として注目されている国である。人口12億、ITサービスで世界中でその価値を認められて躍進著しいそうである。IT産業のメッカはバンガロールだそうだが、今回の訪問先には入ってない。バローダ、ニューデリーそしてチェンナイ(マドラス)と三都市を回る予定である。これから何度か行くことになると思うので、しっかり準備を始めたいと思う。
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