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2009年10月 2日 (金)

安全保障貿易管理Ⅱ

10月2日(金)本日、第一回委員会。上海から、駆けつけたM社長と昵懇になった。メンバーの反応も悪くなかった。海外と国内の架け橋になることが求められている。

2009年7月10日 (金)

安全保障貿易管理委員会

年1回、この時期にグループ会社の委員を集めて行われる大会。80名の委員が集まった。委員長は、今年から新任のI取締り役。経済産業省からの天下りだけに、受身の姿勢ではなく、Proactiveな業務遂行を求める判りやすい話をしてくれた。そして、事務局長のS室長の話も本質に切り込んだ内容だった。さすがに慣れてきたこともあるが、この仕事のホンネとタテマエを使い分ける難しさに精通してきた事が窺えた。

安全保障という国家の一大テーマに結びつく仕事を、どのように考えるかがポイント。法律に違反しない為に云々は、タテマエ。ホンネは、組織が一糸乱れぬ体制を構築できるかどうかの試金石と捉えることにある。再編新組織にも通ずる道である。今日の大会は、成功と言って良いだろう。S室長の満足そうな笑みを見て、そう思った。(^J^)

2009年6月 1日 (月)

アスタナ出張4

6月1日 hotel横のレストランでNさんと最後の晩飯。ピザとス-プにサラダ、それにビ-ル一杯、1500KTG成り、かなり安い。そしてhotelの精算も、60000ktgで済んだ。

090531_164502_2 ラッキ-な事にどうも電話代を引き忘れたようだ。Sn340389 Sn340390 Sn340391

今回は、Nさんのお陰で、今までで一番充実した出張にする事が出来た。

2009年5月30日 (土)

アスタナ出張3

30日、工事責任者として多くの現場を経験してきた超ベテランのNさんとBenuyで晩飯。このプロジェクトを通じてなかなか親しく話す機会がなかったが、胸襟を開くことが出来た。

Benuyは、ホテルに隣接する古い官舎群の一隅に、ポツンとある店だが、店の内装には古代エジプトの装飾が施された高級レストランである。クレオパトラとかファラオとかの名前の付いた個室がいくつかあり、1時間3000KTGで借りれる。食事は肉サラダとバ-ベキュ-、美味かった。Nさんは、店の女の子と仲良くなる名人である。値段は、2.5時間居て2300KTG。Sn340393_3

10時前に、fusionに行く。同じくホテルから歩いてすぐの店。いたるところにハアメリカ文化に浸れるようなコンセプトが店の売りのようだった。11時近くまでいると周りは、若い女の子達で埋まって来た。仕事も一段落したので、存分に楽しめることが出来た。Sn340394 (^J^)

2009年5月27日 (水)

アスタナ出張2

成田で外貨交換 97.86\/$。 ユニクロでパンツ4枚調達する。1800\也。自動鼻毛掃除器980\也。障害保険70000\也。インチョンに無事到着。ホワイトチョコ11$。焼き海苔13$で調達。 アシアナは、映画のサ-ビスをやってない。梅原猛全集から「万葉を考える」を持って来て正解であった。Sn340368Almatyまで6.5時間が短く感じる程である。

集中して読まないと理解できない本だったが、機内で読むには丁度、良かった。万葉集は、文化的価値もさることながら教科書や公の歴史書では書かれていない7世紀日本と当時の東アジア情勢を知る上で大変貴重な資料であることが判る。

HotelKazaphstanで1020$をKTGに換金rate:149KTG/$ 。初めて泊まったが、一泊21,500KTG也だが、当地では今までで最高のHotelであるように思った。

2009年5月26日 (火)

アスタナ出張

今回は、長くなるかも知れないので荷物が多くなった。空港は、まだインフルエンザ騒ぎが続いているだろうか?Sn340334

2009年4月 1日 (水)

組織再編

海外事業の拡大を目的に、再度仕切り直しが行われた。再び、社運を賭けた挑戦が始まる。Forest 水と森の文明を築き上げた日本の技術が、地球規模で活用されるように組織変革を行い、再び社運が向上するように努めたいと思う。

2009年3月16日 (月)

帰国

3回目のアスタナ出張を終えて帰国した。Sn340348 カザフスタンも世界経済減速の影響を受けて開発のスピードを落とさざるを得ない状況に直面している。プロジェクトの優先順位は、据付工事遂行の円滑化から納入機器資材の引渡し遂行管理の円滑化に移った。プロジェクトの終結に向けて、大事な局面を迎えている。Sn340354

今回は、ソウル経由ではなく北京経由のアスタナエアーを利用した。北京で一泊するので一息つく事が出来た。2008オリンピック後に始めて北京空港に降り立ったが、オリンピック開催用に準備された第三ターミナルは、韓国インチョン空港に勝る充実ぶりであったSn340358

2009年3月 6日 (金)

仕事の事:

工事再開に向けてトルコ側工事体制の強化を狙って日本側設計陣が大挙して乗り込むことになった。今日は、北京経由でアスタナに向かう。久しぶりの一人旅である。時間を有効に使って成果につなげたいと思う。

2008年11月23日 (日)

三連休

昨日の朝、会社まで車で行ってみた。湾岸と首都高速の高速料金1100円かかったが、30分で行けることが判った。湾岸沿いのビル群の眺めは、日本が築き上げた文明の頂点である大都市東京を象徴する姿に見えた。この文明を21世紀にも持続出来るかが問われている。安藤忠雄が2016オリンピック東京招致運動の一環で、東京湾に浮かぶゴミの島を緑化する計画を進めている。緑の文明と呼ばれる都市となることが出来るように応援したいと思う。

帰りは、品川へ出てレインボーブリッジ経由で湾岸に戻ったが、途中渋滞に巻き込まれて2時間近くかかってしまったが、休日に仕事場へ30分で行けることが判り大収穫であった。

2008年10月25日 (土)

VADODARA

最終日、時間が余った。空港に行くには早いので、P社の若手幹部Mr.Hが市内中心部の市場周辺施設を案内してくれた。ヴァドダラ生まれのヴァドダラ育ちだという。まだ、25歳だがイギリスで計装工学の修士を取って来たというだけあって、頼もしい青年だった。仕事で付き合いが続くようにしなければと思う。Sn3402772

Sn3402782 Sn3402792  VADODARAの名前の由来は、木にあるとのこと。街中で見かける木々に旺盛なる生命力を感じる。

2008年10月24日 (金)

インドの朝は寒い

疲れていたのか、昨夜はすぐに寝てしまった。クーラーが効き過ぎで、寒さで朝方暗いうちに目がさめた。クーラーを切ってもかなり冷え込む。インドは、来週から一週間、休みということで、今回のミーテイングでは、年内に終わらせなければならない作業項目をクリアにしてTIMELINE設定にまで持って行くことが肝要である。

Mr.T、Mr.Dと再会。もう3年越しの付き合いだ。プロジェクトの終盤に入り期限付きの仕事の依頼ばかりだが、きっぱりと出来ることと出来ないことを明確にしてくれるのでありがたい。Sn3402842

2008年10月23日 (木)

safe arrived in vadodara

Sn3402602 Sn3402612_3 MERIDIEN HOTELで朝食を摂り、9:25発の国内便でバローダに到着。

定宿のWELCME_HOTELには、12時30分に着いた。世界経済減速の影響はさほど感じられず、街のにぎあわいは相変わらずである。空港からホテルまでえらく時間がかかった。交通規制で、遠回りしたせいと思われる。さて、迎えの車が来るまで時間があるので、早速、荷解きをしていつものようにインターネットに接続した。朝方に入れたメールの返事を見ることにしよう。Sn3402692

Sn3402672

ムンバイ到着

シンガポール航空が世界に先駆けて導入したという話題のエアバスA380を二機乗り継いで、ムンバイに到着。Sn3402492

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ホテルは、ROYAL MERIDIEN。初めて泊まるところだが、部屋もサービスも申し分ない。同じクラスのORCHIDよりは、ずーっとこっちがいい。インターネットもワイヤレス接続用のカードを持ってきてくれた上に、丁寧に設定変更にも付き合ってくれた。24時間利用で500ルピア(約1500円)で良心的。大変、気に入った。Sn3402562 Sn3402612_2

ワイヤレス接続の外付けデバイスは、海外出張の必須アイテムであることも実感した。Sn3402622

2008年10月22日 (水)

海外携帯が売り切れ

いつもの様に、空港カウンタ―で手に入ると思ったが、何処も予約で空きがないと・・ツレナイ対応に落胆。旅行シ―ズンにぶつかったようでした。ただのレンタル携帯よりずっと便利なので、人気が高いのだろう。以後、要注意である。

2008年10月21日 (火)

インド出張

明日から7回目の設計会議でインドに行く。今回は、いつものバンコク経由ではなくシンガポール経由便で行くことになった。タイミングのずれた設計変更に追われる事態を挽回する最後のチャンスである。年内に全ての仕事が片付くように、話がまとまればハッピーであるが・・、問題は多い。機器プロセスの技術責任者であるOさんが、同行するので決めるべきことを決めて一気に片付けてしまいたいものである。Photo

2008年8月28日 (木)

成田に戻りました。

Sn340184 1週間の強行スケジュールであったが、無事に戻った。日本は相変わらずの猛暑が続いている。多くの話題を提供してくれた北京オリンピックも終わり、中国がメダル獲得NO.1となり名実共にアジア一の大国にのし上がった。世界が、これからどう動いていくのか、そして日本は、大丈夫と言えるのか?

星野ジャパンの惨敗は、日本が抱える組織体の弱点を浮き彫りにしているように思えて来る。個人・集団・組織、それぞれが目標を一つに出来なければ厳しい戦いを制することは出来ない。

星野ジャパンの戦いぶりから、感じたことは戦略の欠如。この一言である。日本を託すに足る人物は、熱い心と冷めた頭脳の持ち主の中から選ばれねばならない。PMAJオンライン9月号では、T先生がご自身のコラム「ダブリンの風」で北京オリンピックを総括し、マラソンでの日本人選手の惨状を嘆いておられる。あのどうしようもない結果は、日本陸連という組織の問題として考えねば駄目で、その病根は深い・・・と。全く同感である。

2008年8月27日 (水)

サイト出張を終えて

今回は、工事最盛期の建設現場への出張であった。サイトの一角に設営されたキャンプは、コンソーシアムパートナーであるトルコのゼネコンの手によるものであるが立派に運営されていた。現場は久しぶりだが、目の前で自分の設計したものがどんどん組みあがって行く場に立ち会うことは、いつになっても良い勉強になる。

大幅な工期遅れを招いているが「急がば回れ」という通り、ここはしっかりと踏み止まり、じっくりと体制を立て直す時である。

3日間の短期であるが、インドから来たMr.Dの協力を得て廃墟のような既設設備のリハビリ工事の詳細を詰めることが出来た。これから本番を迎える機械工事には、難題が山積みであるが、幸いにサイトメンバーの士気は旺盛である。全面的に彼らをバックアップし、必ずや、プロジェクトを成功させねばならない。

今晩はALMATYで一泊し、成田到着は、明晩。

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2008年8月22日 (金)

アスタナ出張

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延び延びになっていたが、2年ぶりに彼の地の土を踏む事になった。今回は、気軽な一人旅。フライト便は、アシアナ・エア。インチョンで乗り継いで今晩中にアルマテイに到着予定だ。

2008年6月 8日 (日)

エンジン全開モード

あれやこれやと慌しかった数ヶ月が過ぎ、やっと落ち着いて来た。新しい職場は、予想していたよりも快適である。往復3時間の通勤時間もさして苦ではない。仕事は、いよいよ正念場を迎えた。梅雨に入りしばらくはジメジメとした日がつづくだろうが、夏までが勝負である。

会社も経営判断で乗り切る局面に来たと判断し動き出した。おそらく、これまでのやり方から決別する意思決定が行われることだろう。Cimg1068

2008年6月 7日 (土)

休日出勤

Sn340105 休みの日に会社に出て仕事をするのは、何年ぶりの事だろうか?新事務所の環境は、品川に比べても尚快適なので苦ぬらない。ゆったり空いた電車に揺られながら、ふと思った。

2008年5月18日 (日)

デリーの休日

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9時に目が覚めたので朝食を済ませホテルを出た。運良くいいタクシ-運転手に当たったのでデリ-観光を決行。交渉の結果、5時まで借りきって800ルピ-で話がついた。デリ-のめぼしい場所を全部見れたしお茶のお土産もいいのが買えた。さすがに一流ホテルに出入りできる運転手は信頼できる。

ハプニング

17日ハプニング
悪天候の為、デリ-に着陸出来ずにジャイプルに一時間遅れで避難着陸した。乱気流に突っ込み凄まじい揺れに見舞われた。機長判断で避難したようである。まずは、命拾い。 今日の予定は、デリ-観光どころではなくなった(T_T) デリ-のホテルに電話!迎えに来てくれるか??と。どうも埒が開かないようである。Pap_0060

18日 3AM
tajiHotelに到着。かなり疲れている。昼まで眠る事にしよう。

2008年5月17日 (土)

バローダ最終日

Pap_0065

今回も2日の日程で、全ての懸案事項がクリアできた。日本でお役所の仕事に慣れきった日本人を相手にするより数倍高い密度でコミュニケーションが出来る。

自分に責任が及ばないことだけを考えて意思決定をしている役所とそれにぶら下がって仕事をしている組織を何とか変えなければダメだと改めて思う。

2008年5月15日 (木)

バローダ到着

デリーを早朝に発ち、バローダに無事到着。ウエルカムホテルのインターネットもワイヤレスに切り替わっていた。一日600ルピ-(1800円)である。ケーブル接続と遜色ない速さと安定度である。ケーブルの引き回しやコネクターの設置が省けるので、利用者・提供者共にハッピーである。Welcome_hotel

デリーに到着

Pap_0069宿泊先はTajiHOTEL。 デリ-では、最高級のホテル。

2008年5月14日 (水)

海外ケイタイは、ICカ―ドの差し換えタイプが便利だ。

海外ケイタイは、ICカ―ドの差し換えタイプが便利だ。
今回は、いつものタイ―ムンバイ経由のTG便ではなくデリ―に直接向かうJL便になった。デリ―でゆっくり出来るのが、有り難い。

インド出張

今日は、雨。空港に着いたらとケイタイを借りる事。出発ゲ―トのすぐ脇にauカウンタと両替コーナーがあったので一万円を両替しケイタイを借りた。rate=107円/㌦だった。Pap_0073

2008年4月30日 (水)

新事務所

新事務所
新事務所を見て来ました。川を隔てて、すぐ隣に空港の滑走路が走る場所に新ビルは立っていた。もの作りのDNAを継承して技術で世界に貢献出来る会社に成りたいものである。

2007年11月16日 (金)

中期経営計画

今後三ヵ年の経営計画:環境事業の再生を掲げて、カンパニーのトップによる意思伝達があった。全ての過去の負債を償却し、ゼロからのスタートを切るにあたり経営トップにより社員全員を対象に決意の表明が行われた。ものづくりのDNAを絶やさず、今こそ技術陣よ、奮起せよ・・、立派な会社になって世間に認知される事業を興そうではないかという真摯なメッセージであった。

単発プロジェクトの寄せ集めでは、エンジニアリング事業の安定は図れない。売り切りのビジネスは波がある。顧客に頼られる会社になることから、始めなければならない。

はでな経営ビジョンは、敢えて示されなかったが、2010年に向けてやらねばならないことは見えた。

2007年10月20日 (土)

見つかった。

インドからの帰りに乗ったタイ航空便で、財布を置き忘れた。免許証もその中に入れてあったので、戻ってこないものと諦めていたが、何と!!見つかったとの連絡が、航空会社からあった。

バンコックでインフォーメーションセンターのタイ人の女子職員に掛け合ったときは、あまりの対応の悪さに、意気消沈したが、めげずに東京行き乗り継ぎ便で日本人客室乗務員に事情を説明しておいたのが効を奏した。やれやれ・・・の今回出張であった。071017_203701

アクシデントは、突然やってくる。しかし、慌てず騒がず練り強く、善後策を実行することが大事であると実感させてくれました。(*^_^*)

2007年10月19日 (金)

再発行

明日は、免許証の再発行をしてもらいに運転免許センターへ行ってから会社へ行くことになった。気分を一新して、仕切り直そう。(*^_^*)071016_114901

2007年10月17日 (水)

最終日

今日は、MOMにサインするだけとなった。P社のT部長との打ち合わせは、スムーズである。彼はいつも私の隣に座り、お互いに問題を図にしながら話すので意思疎通が早い。

昨夜は、P社のA部長が奥さん同伴で夕食を共にしてくれた。奥さんが右手を使って器用に料理を口に運ぶのを見て日本人全員、ナイフとフォークを置いてマネをしながら食べてみた。右手だけでの動作だと、鶏肉をほぐしたりするのは難しい。箸を上手に使えるようになるのと同じく訓練が要ることが判った。

食事の後、クジャラート州のフェステイバルがあるというので、S君と一緒に付いて行った。若い男女がインドの正装をして夜通し踊り明かす慣わしだそうである。行ってみると凄い人手に圧倒された。色とりどりのサリーを身にまとった10代の女の子の集団を見るのは初めてでもあった。若い人が元気な国は、いいと思った。

このお祭りは、ナインナイツ(NINE NIGHTS)と呼ばれるインドでは一年で一番大事なイベントとのことであった。ヒンヅー暦では、10月と11月が日本の西暦の12月と1月にあたるそうで、一年の締めくくりに9日間、毎夜、夜を徹して踊り明かし神が悪鬼を倒す手助けをするという信仰が人々を突き動かしているということを、T部長が教えてくれた071017_152301

今日は9時にホテルをチェックアウト。仕事を早めに終わらせて土産を探しに街に出れるようにしよう。

2007年10月16日 (火)

昨日の成果

今回の出張では、携帯電話が大変役に立っている。会社支給の携帯だと内蔵カードをレンタルした海外用携帯電話に入れ替えるだけで自分のダイヤル番号がそのまま海外でも使える。自前の携帯だと、日本への通話は遠慮してしまうが、これだと通話料金は直接会社決済に行くので遠慮なく日本に電話が出来る。通信状態も問題ない。会議中にどんどん日本に電話して問題解決を図ることが出来た。

問題解決能力が大事と言われて久しい。何事も目的を明確にしなければ、何が問題かが判らない。問題だと感じる事が、まず大事。

7時になった、支度をしよう。なんとか、今日中に仕事を終わらせて、明日はバローダ市内を見学してみたい。071017_175301

⇒バローダCityMuseum

2007年10月14日 (日)

バローダ着

ここは、電話回線利用。モデムにて接続した。いまやホテルの部屋からのインターネットは、無線が常識のようである。会社のPCもワイヤレス対応に切り替えなければいけない。071014_172001

いつものWELCOME_HOTELが満室だったので、今回は隣のEXPRESS_HOTELに泊まることになった。格は同じだが、年数が古い分、快適度は落ちるが、従業員のマナーは立派。今回、初インドのFさんは、ご不満のようであるが・・。

ムンバイ到着

タイ・バンコク経由でムンバイに無事到着した。ホテルは、いつもの空港に近いORCHIDホテルだが、ここはインターネットが無線LAN接続が標準なので会社から持って行ったPCではつながらない。BCに電話して、ケーブル接続用のアダプターを持ってきてもらってやっと接続できたところである。料金は、2000円/日である。

朝7時、早速ネットで情報収集。阪神が、中日にボコボコで負けていた・・。今日も、移動日である。インドは、直行便が少ないので、往復、丸々4日間が移動時間。あちこちうろうろするより、インターネットで時間をつぶすのが一番いい。

2007年10月13日 (土)

海外出張

海外出張
インド出張のために、成田空港行き高速バスに乗っている。関東自動車道は、渋滞はなく幕張から空港まで30分である。今回は、プロジェクトからは、若手のS君と超ベテランFさんが同行。

2007年9月23日 (日)

オフサイトミーテイング

五反田に行って来た。関連各社の30代の若手10名程が参加した中に混じって、いろいろと言いたいことを言わせてもらった。30代後半の若手社員と話す機会は、滅多にないので出かけてみた。労働組合の役員が中心になって声をかけた今回のイベントであったが、30代後半の活力が、これほど衰えていようとは思わなかった。

なぜ、こうなったのか??知らぬ間に、時は過ぎて行ったが、大手と言われる企業に勤める30代は、やる気をなくしているという話は、本当だった。

労働組合の役員を始め、関連会社の30代の社員と交流した。感想は、・・・・自分の30代後半は、もっとアグレッシブだったように思い出す。この10年、社会環境の変化は目まぐるしかったのも事実。バブル後の入社組は、明らかに目標喪失現象の中を漂い、会社生活を送ってきた世代なのかも知れない。

「オフサイトミーティング」とは、様々な職業を持つ人々が仕事の場を離れ、一箇所に集まってああでもない、こうでもないと「気楽に真面目な話をする」場のことで自分の位置(サイト、site)を離れてミーティングすることの中から、職場では出てこない新しいアイデアを見つけ、老化している組織体質の潤滑油として機能させようというのがねらいです。もちろん、組織だけでなく、参加者自身にも新たな刺激が与えられて、その後の日々の仕事への「やる気・やりがい」につながる可能性も大です。

2007年7月 1日 (日)

設計レビュ―ミ―ティング

Kc270022 木曜、金曜とインドから友人とも言うべき人達が来た。二日の間、みっちり打合せが出来た。仕事をして、これほど意思が通じ合える相手と出会える事は希である。大事にしようと思う。

月が代わった。ここ数日は梅雨空が続き、過ごし安い日々であるが、体調も崩しやすい。週末には、大事な試験が控えている。用心すべし。

2007年6月21日 (木)

天王洲アイル

Kc270011_2 天王洲アイルから、りんかい線で国際展示場に簡単に行けることがわかった。                 

国際展示場の長いエスカレーターを乗ってあがって行くKc270012_4Kc270008_1 Kc270010_3Kc270009_1と7階大会議場へ行ける。

そこから見下ろす景色を撮ってみた。1000人近くの人間が収容出来ると思われるが、これだけの大空間が、効率よく利用されなければもったいないことと、何時も思う。10時開場だったので、品川に一回出てから、天王洲アイルからお台場にある国際展示場に回って見た。意外と近いことが判った。Kc270013

2007年4月16日 (月)

ムンバイ

Kc270005

かつての会社の同期が、たまたまムンバイに居た。連絡したら休日にも関わらず、帰国前の一日を一緒に過ごしてくれた。

彼の案内で、なんとも奇妙な光景を見る機会を得た。

一つは、これ⇒ Kc270009 インドの社会では、今も職業と身分とが固定されていることを実感させる光景であった。洗濯という労働が、これほど大々的に行われているのを今まで見たことがなかった、そしてこの集落は、これで生計を立てているのが紛れもない事実である。

もうひとつ⇒Kc270011 こちらは、高級住宅地のある海岸での風景。夕方の海岸にインド人の家族連れがひしめき合って集まって来ている。本邦における潮干狩りのようなものだと思が、人の数はケタはずれに多いと思われた。

インドの前途は、明るいとばかりは言えない・・現実を見たように思う。Kc270012

2007年4月15日 (日)

バローダ

Kc270006 今、インド時間の午前6時30分。バローダのホテルからブログを書いている。ここはインターネットは、モデム接続なので回線が混んでない今の時間帯になってやっとつながることが判った。

昨夜は、P社社長にスージャ・パレスで夕食をご馳走になった。T君と私、P社は社長だけでとてもフレンドリーな時間が過ごせた。もう73歳になっておられるが、この方も現役バリバリの社長さんである。息子へ事業を継がせるべく色々な思案をめぐらせている様子が伝わってきた。

エンジニアとして経営者として成功を収めた人物である。資本の論理ではなく、知恵の力で会社を大きくして来た自負が伺えた。これからもインドは世界のエンジニアのパートナーとして有望である。この会社の資産である知恵と人脈を絶やさないようにして欲しいものと感じた次第であった。

今回の出張もこれで一区切り。今日はムンバイへ戻り、かの地へ駐在しているかつての同僚と会う予定である。

2007年4月13日 (金)

ムンバイ~バローダ

昨夜遅くにムンバイに到着。Orchid_room_service

ホテルは、ドメステイックエアーポートから車で3分にある。ここで一泊し、明日からバローダへ飛びP社とのデザインレビューミーテイングに出席する。ムンバイの国内線カウンターは、意外ときれいである。 Munbai_airport_domestic

バローダ空港からホテルまで;

Vadodara_airport Kc270004_1 Kc270001_2

ウェルカムホテルに着いた。昨年7月以来である。

2007年4月12日 (木)

タイ王宮

今日は、ムンバイへの移動日。午前中にタイ王宮を見ることが出来た。現王朝の創始者達のモニュメントとして壮大華麗な建築物がそこにあった。Kc270024

初めてタイの技術商社を起用することになった。担当スタッフは、責任者を含め皆、若かったが、一生懸命さが感じられる気持ちのいい応対をしてくれた。いい仕事をしてくれるのでは・・・・との期待が持てる。

2007年4月11日 (水)

The must see show in Thailand

タイの観光名所になっている ショーを見ることができた。M_28_55sアジアで王国としての歴史を保持し続けているこの国独自の伝統文化が壮大なショーに仕立て上げてられている。全3幕、1時間半。ショーは8時から始まるが、その前には劇場前の広場でショーの出演者達によるショートパーフォーマンスDscn2252 が行われたり、ブッフェ形式の夕食も付いて料金は5千円。ツアー客必見を唱っているだけのことはあった。

今回、一緒に来ているロジックにうるさいプロジェクトメンバーのT君は、オペラや日本の能・歌舞伎の類と一緒でどうも感動に結びつかないとボヤいていた。自嘲気味な自己分析が意外に感じられたが、彼に対する親近感が増したように思える。

2007年4月10日 (火)

タイのホテル

こちらタイのホテルでは、高速インターネットの利用環境が整備されている。お値段は600バーツ(約2000円)/一日である。Kc270001_1

前の会社で一緒だったK君が、ホテルに訪ねて来てくれた。K君は当地の現地法人に出向して、6年。すっかりタイに根付いた様子だった。ホテルは、快適である。インドに比べれば割安感がある。

インターネットで日本語のタイ観光専門サイトを見つけた。なるほど・・タイの人気が高いのがよく判る。

このホテルは、市内繁華街から離れたところにあるが地下鉄の駅に近く、スッチー御用達としても有名のようである。

2007年4月 8日 (日)

タイに到着

無事、タイに着いた。新国際空港は、去年の9月に開港した立派な施設であった。Kc270002_1

Kc270001 今夜は、20年ぶりにかつての上司と夕食を供にする約束をしてある。

タイ料理をご馳走になった。いろいろと積もる話が出来た。こちらに会社を作って大いに盛んにやっておられることが判った。

タイに進出される日本企業から確固たる信頼を得ておられる・・もう71歳になられるというが、全くそのように見えない・・若い時の志に忠実に人を育て、謙虚に顧客に接して来られた結果であろう。見習わなければ、と思う。

さあ、明日の準備にとりかかろう。

2007年4月 7日 (土)

タイ-そしてインドへ

明日から一週間、海外である。帰るとすぐに空手大会があり、学会春期大会がある。 そして、そのまま連休に突入する。今年は、例年に増して慌ただしく時刻が過ぎて行きそうな、そんな気がする。

2007年4月 5日 (木)

春爛漫???

夏日のような暑さから、今日は一変した寒さの東京であった。Kc270003

来週からタイ・バンコクへ出張である。20年ぶりにかつての上司と会う約束がとれた。楽しみである。バンコクでは、タイ国きっての製缶メーカーを訪問。帰りは、インドに寄って設計レビューミーテイングにジョインする。インターネットを介した図面のやり取りは、うまく行っている。今回のミーテイングでは、これを更に活用していく方法を討議して来ようと考えている。

2007年2月10日 (土)

三連休。

暫く忙しくしていたが、一段落した。来週は、イベントが多い。しっかりと英気を養おうと思う。Azure

2007年1月26日 (金)

お台場ビッグサイト

貿易管理セミナーがビッグサイトの大会議室で行われた。ビッグサイトの最上階にある大会議室である。毎度の事であるが、有料にも関わらず1000人規模の人が集まって来る。数少ない行政による業界指導の領域であるからだけでは説明できない熱気を感じる。Kc270002_6

日本のあらゆる産業において、すでに海外の協力会社と役務取引が頻繁に行わる時代になった。安全保障に抵触する技術が、テロ組織に利用されないようにする事を、知恵と技術で生き残ろうとしている個々の日本人が真剣に考えている証左でもある。

成り行き任せでない首尾一貫した海外役務調達の体制構築を急がねばならない。

 

2006年10月20日 (金)

新宿

中東向けの新しいプロポーザルが入って来た。打合せの為に、久しぶりに新宿に行った。この街もメガポリス東京の象徴のような街である。高度成長期を経て日本に蓄えられた多くの富が築き上げた壮観な光景である。かつての繁栄の果実は、これらの高層ビルに姿を変えて我々の遺産になっている。しかし、豪奢な建物の中では非効率でムダの多い会議に忙殺されている多くのサラリーマンが働いているのが現実である。

このプロポーザルは、米国のコンサルタントがエンジニアとして入札仕様を取りまとめている。資金潤沢な中東でのプロジェクトであるせいか、仕様は大変グレードが高いものになっている。日本勢としてアトラクテイブなプロポーザルを出そうと言うことで話がまとまった。

2006年9月25日 (月)

並ばされて、待たされて・・・

やっと日本に帰って来た。アスタナから日本への直行便は、まだ無い。旧首都であるアルマトイ空港からソウル空港までカザフスタンの独占航空会社エア・アスタナに乗った。空港発06:10に間に合うように04:00前に空港に到着。チェック・インを済ませてゆったりとボーデイングゲートの待合席でフライト便の到着を待つつもりでホテルを出たが、とんでもない目に遭ってしまった。

ここは、飛行機は時間通りに飛ばないという前提で空港ができていた。時間とおりに事は、運ばないからその皺寄せは、すべて人間に来る。待たされ、並ばされる人間は、普通は文句をいい、不平を募らせ、やがて規律(?)を乱して不満を管理者にぶつける・・・。これが自由社会での普通の光景である。

しかし、ここでは逆で、えらそうにしているのは空港側であった。チェックインカウンターと出国審査のカウンターのための人溜まりのスペースが区画されていない。予定通りに人が捌けないとあっという間に人の山が出来てしまう。混雑防止のためであろうが、人溜まりへの入場と出国審査カウンターへの入場を、空港職員らしき輩がトランシーバー片手に取り仕切るのである。

こっちは、自分のフライト時間に合わせてやって来ているのに、向こうは飛行機の準備状況や空港職員の都合に合わせて入場者の順番を決めるので、いつになったら自分の順番が来るのか分からないまま、並ばされて待たされたあげく、搭乗出来たのは全乗客の一番最後になってしまった。飛行機は予定を一時間遅れて飛び立った。

システムに慣れているトルコ人、韓国人は管理者の手口を知っているのか、先に来ている我々を追い越して入場しさっさと搭乗をすませていたのであった。

早くに来たものが、順番通りにサービスが受けられるようにするのが客商売の一番の売りであろうと思う者にとっては、非常に腹立たしい一日であった。機内のサービスも最低で、笑顔で接客という精神のカケラも感じられなかった。

ソウルで乗り換えたアシアナ航空の添乗員のサービスを、なんともエレガンスかつソーシャブルと感じたことである。

カザフスタンが、今後中央アジアの盟主として発展を遂げて行く過程では、真っ先に改善されなければならない点であろうと思う。Kc270011_1

非効率、不都合を制度や仕組みの改善に求めずに、人間に我慢を強いる社会はいづれ破綻することを、この国の指導者は気づいているのだろうか???

2006年9月23日 (土)

日本映画際

日本大使館主催の日本映画際に行ってきた。日本映画が3本上映された。毎年、行われているようであるが、コンサルタントのSさん曰く、今回は異例の大入りであったと・・・。

Kc270010_1

三本の内、二本を見た。『蒲田行進曲』と『死国』。どちらも好評で、蒲田行進曲を見終わった客からオーチンハラショー、スパシーボと声をかけられ握手を求められた。主催者関係者と間違われたのかも知れない。一昔前の作品ではあったが、日本は、経済一辺倒の国柄では無いということが、今日の映画祭では伝えられたのではなかろうか??ソフトパワーが、認知されるような外務省の地道な活動に触れて、少し自国を見直す気になった。

今回出張メンバー全員で見に行ったが、日本人の姿は、ほとんどなく我々がすぐに目についたのか、カザフスタン大使館のI特命全権大使自らが、ご夫婦で我々に近づいて来られた。名刺交換をして、記念写真を撮った。日本に居ては、滅多にない機会であった。

映画を見終わって、帰り際に日本人と階段で一緒になった。誰かと思ったら、コンサルタントのSさんである。全くの初対面だったにも関わらず、気軽に声をかける事ができた。Sさんは、他の首都移転支援プロジェクトのプロジェクトマネージャーとしてアスタナに赴任されて5年になるというこの道の大先輩である。一つのプロジェクトが、5年経っても終わらないということは異常であるが、この国の意思決定システムの複雑さの証左なのかも知れない。都市づくり・国づくりという壮大な計画の推進組織である政府や国家との付き合い方は、本当に難しいと思う。

帰国前日に、数少ない日本人の主要人物と一挙に対面できたのは、大きな収穫であった。Kc270011                               

明日は、午後のフライトである。

『地球の歩き方』で中央アジアのお土産を調べてから寝ることにしよう。

2006年9月19日 (火)

アスタナ市その4

フランス勢の現地調査の合間に時間が空いたので今日は早めに切り上げてホテルでワークすることになった。プロジェクト主要メンバーの顔ぶれがそろったところで、一先ず休憩というところである。ホテルから歩いて10分ほどで、市の中心を流れる川の川べりに出ることが出来る。散歩がてらに行ってみた。旧市街の名残を感じることが出来た。Dscn1774 Dscn1771  Dscn1778       

Dscn1777

文字や言葉を駆使してお互いの主張をぶつけ合うのが世界のやり方であるに対して、日本は言葉によって主張し合う事に慣れていない。行動や態度でお互いの位置関係を確認するまでは、本音を出せない日本人は、世界から誤解されてしまう。そして立場やメンツにこだわるビジネス習慣からも抜けきれていない日本人は、おそらく世界から相手にされなくなるだろう。

エンジニアリングビジネスは、世界共通のルールに基づいて成り立っているという共通観を持つことからスタートである。

2006年9月17日 (日)

アスタナ市その3

いつもより少し遅い朝食を済ませて、街に出てみた。アスタナ駅まで歩いて50分。Kc270014_1 人通りは、まばらながらも町並みはすっきりとしていた。大きな配管が街路に沿って走っているのが目に留まった。厳しい冬を過ごすために不可欠な温水(蒸気ではなさそう)を各家庭へ送るためのものであろう。電気を熱源にしたら大変な電力がいる事になるので、社会主義の時代に計画的に行ったものだと思う。Kc270028

アスタナ駅の近くに小さなバザールがあった。果物が安かったのでリンゴを買って帰った。一キロ200テンゲ(1テンゲは、大体1円)Kc270018 Kc270020

明日からは、プロジェクトのステークホルダーが一同に会したミーテイングが始まる。トルコ、フランス、インドそして日本からプロジェクトの担当者が集まった。プロジェクトの進み具合を、お互いに発表して情報の交流に不都合が起きてないかを確認することが目的である。有意義な一週間になるようにしたいと思う。

2006年9月16日 (土)

アスタナ市その2

Kc270002_4 アスタナ市に来て最初の週末を迎える。季節は、今が一番でもう少しすると冬将軍がやって来るという。通訳のSさんが遠出をしないかと誘ってくれたが、今週にやった現地調査の結果をまとめなければならないので今回は断念した。

カザフスタンは、ロシア語が共用語である。いつものことであるが海外に出るとその国の歴史、生い立ちに興味が湧いてくる。Sさんは、旧ソ連時代からロシアと関わってこられたベテランの通訳で、何かにつけソ連時代の非効率な社会の仕組みが変わってない・・・と、この国について語られるが、若い女の子に話しかけるのは、非常に巧みで感心させられることしきりである。

ある国のことを知るには、言葉を覚えてその国の人とコミュニケーション出来るようになるのが一番である。少しづつ言葉を覚えて行こうと思う・・。<おねえさん>のことは<デブウシカ>と言うそうである。

Kc270004_2 アスタナ市は、10年前に新首都として新しく出来た市街とそれ以前の市街とに分かれている。明日は、時間があれば旧市街に行ってみようと思う。

2006年9月12日 (火)

アスタナ市

ALMATYから2時間、天山山脈Kc270016

を後にしてカザフスタンの首都、アスタナ市に降り立った。新首都空港から都心のホテルに向かう車窓からは、至るところで住宅の建設に立ち働くタワークレーンの姿が目に飛び込んできた。首都移転から10年、政治経済の中心として新しく生まれたこの街は、今なお大量の市民を受け入れる準備の真っ最中であることが伺い知れる光景であった。Kc270007

ホテルで昼食をとり、午後からサイト事務所へ出向いた。今回のコンソーシアムパートナーのA社の幹部に挨拶し、事務所から30分離れたサイトの下見を行った。新しく生まれ変わる街のライフラインを支えるこの現場でも、あちこちで改造工事が進行中であった。

さまざまに使命を負ったプロジェクトが同時進行で行われている現場である。われわれのプロジェクトの使命が他のプロジェクトと調和して進んでいけるようにしなければならない。

明日からの本格的調査を前に改めて思った次第である。

2006年9月11日 (月)

出発

今日は、朝から雨模様、家族に車で成田空港行き高速バスが立ち寄るホテルまで送ってもらった。我が家から歩いて行ける場所に空港行き直行バスの停留所があるが、今回は荷物が大きいので雨宿りの出来るホテルにてバスを待つことにした。

ソウル経由でALMATYに到着した。ソウル仁川空港は、すばらしい空港だった。アジアのハブ空港として、ソウルとタイのバグダッドは共に十分な機能をもっており、将来を考えたレイアウトが活きている。日本は空港を筆頭に、これらの大規模設備の建設プロジェクトでは利用者の最大限の利便性を追求するという原則がなく、まずハードありきの設計しかやってこなかった。世界を舞台にしたこの業界では、これまでの日本式が通用するとは思えない。経済活動のインフラを整備する役割使命を前提にしたビジネス展開で最も大切なことは、全てのステークホルダーが満足を得るプロジェクトを志向することである。この原則を忘れたら、我々はこの世界で相手にしてもらえなくなる・・・との認識が必要と思う。Seoul_incheon_airport1 Seoul_incheon_airport3

6時間のフライトでカザフスタンの旧首都ARMATYに着いた。ホテルでインターネットにつなげた。Kc270013

カザフスタンはまだ高速通信回線の整備は出来ていないようである。モデム接続でしかインターネットにつながらない。XP環境のPCでは、IpassContactのようなソフトを介さなくても直接、ホテルがもっているアカウントにダイアルすれば繋げることができる。ちなみにこのホテルは、一時間までの接続は無料ということである。

明日は、4時に起きてアスタナへ向かう。

2006年9月 3日 (日)

本番到来

来週は、いよいよ客先技術陣とのキックオフミーテイングが開催される。二週間の長丁場になるが、今まで準備した成果を結実させるためには、きっちりとAGENDAを作ってミーテイングに臨まなければならない。

空手の大会を済ませてからのフライトになる。今日は、最後の練習だったが、南光之型で一歩半の運足が出来てないと注意を受けた。下半身のリードが不十分なためである。

大会をスッキリした気持ちで終わらせたい。そして気分よく旅立てるように頑張ろう。

2006年7月23日 (日)

チェックアウト

あっという間に時間が来た。残りは、帰国後に^^/

240003_1

ムンバイに戻った。

バローダ発11:40の9W350でムンバイのLEELA HOTELに戻った。HOTELまでは、15分。空港に迎えに来てくれたドライバーが、インド土産の店に立ち寄ってくれた。カシミヤ絨毯、カシミヤ、シルクのショールそれに高級ダージリンテイーやインドの像をかたどったグナッシュ神の彫り物などを扱っていた。達者な英語を話す兄弟が経営する店だった。Ccc 30分程立ち寄り、お茶とショールを買った。意外といい買い物をしたかも知れない。ダージリンテイーの新茶は、かなり高価である。一般のお茶の10倍することが分かった。

さて、インドのエンジ会社と契約が成立した。船が港を出た後と同じように、これからがプロジェクトのマネジメントが本番を迎える。入念に準備した航海図を持って、迷うことなく事故を未然に防ぎながら目的地を目指そう。

夜のフライトまで、だいぶ時間がある。仕様書のドラフトを仕上げてしまうことにする。

今回のインターネットは、有料だった862Rs/24hr。Why??

2006年7月22日 (土)

ナイスショットが撮れました。

昼飯帰りの車の中からナイスショットが撮れた。Beef これぞインドですぞ。サインも無事終了。ホテルに戻ったところ。ホテルにジムがあるようなので一汗かいてこよう。Kc270022

FAREWELL PARTY

三日間の打合せが終わった。P社は今回も我々に十分に満足できる結果を与えてくれたと思う。夜には、インド式の立食パーテイを開いてくれ、P社幹部との語らいで大いに盛り上がる事ができた。Express2 ここバローダは州(クジャラート)の法律でアルコールが飲めないので酒なしであるが、インド人は本当に話好きな民族である。

おそらく地方ごとに言葉がちがうので、共通言語である英語でお互いにコミュニケーションを取ろうという気持ちが強いからだと思う。話さなくても分かるという文化で育った日本人は、インドに来て拙い英語でもいいから、どんどんインド人と交わればコミュニケーション力はUPするということを実感した。

本当は「インド」を見て回りたいところだが、今回テロ騒動の後なので自重しよう。イスラムとヒンドウーは対話で解決できる世界ではないようである。社長の息子は、セールスのためにずーっと中東を回っていたと言っていたがきっと、かなりのストレスを感じて帰ってきたのだろう。ひどく疲れた様子だった。これからのインドの発展では、解決しなければいけないテーマのようである。

今日は、MOMにサインして終わる予定である。ホテルに戻ってたまった仕事を少しでも片付けようと思う。

2006年7月18日 (火)

バローダ

Kc270021_3バローダに無事到着。雨は上がった。

WelcomeHotelでは、インターネットが使えないので電話回線でアクセス中。

2006年7月17日 (月)

天気は雨

雨の出発になった。バンコク経由でムンバイに向かう。インドが初めての人が3人一緒なので気を付けて行こう。Kc270005

ムンバイには、10時に着いた。ホテルは、最高。N氏のおかげでインドでは良いホテルを紹介してもらえる。

Kc270009 明日は、バローダで一日時間がある。打合せ資料を入念に作り直そう。

目的と成果を具体化しておくことが、肝心である。打合せのゴールは、目的に沿った成果をお互いが得ている事を確認することである。

2006年7月 6日 (木)

打ち上げ

今回出張業務は、無事終了。

客側のプロジェクト専門部が主導した現地説明会。エネルギー供給ビジネスは巨大ビジネスであるが、この会社は奢りのかけらもない、大変気持ちの良い会社であった。ステ―クホルダ―との良好な関係構築がプロジェクト成功の鍵との認識が職員全員の言動から伺い知る事が出来た。日本の同類企業では、こうは行かないだろう。

ホテル近くの中国人経営の日本料理店で打ち上げ。料理はまあまあで値段は日本並み。とにかくこちらは、物価が高いという印象である。

Kc270008

2006年7月 4日 (火)

香港出張

Honkon1 暑い。今回は、部屋にインターネット接続アダプターを付けてもらってブログにアクセスしている。24時間つなぎぱなしで100HK$である。まあ妥当でしょう。

2006年6月22日 (木)

レビュ―・検証・妥当性確認

ISO9000の認証更新審査が終了。開発・審査・検証・妥当性確認の設計プロセスの意味と使い分けが、漸く出来るようになって来た。

2006年4月28日 (金)

香港

Hk_ebr_office Photo 香港に来ている。当地は、20年前に一度、欧州経由の便のトランジットで降りたことがあったが、今回はそれ以来。空港は、世界最先端の設備で関空などよりずっと立派であった。また、香港人は、誠実。煙草・飲酒をまったくやらない--。これは、世界でもまれに見る国民性と驚いた。この地域の人たちとのビジネスは、ぜひとも広げて行きたいと思った。

今、7:52AM。さあ、では朝食を食べに行こう。

2006年3月25日 (土)

帰国しました。

JAL直行便でデリーから成田に、6時30分に到着。京成バスの連絡は、9時台にしか無いことが判明。初めてJRに乗って千葉まで出てモノレールに乗り換え海浜幕張まで荷物を引きずって帰って来た。帰りのバスがあるか、どうかは出発前に見ておくべき。時間が、余る時は、空港でゆっくり時間待ちするほうが賢い選択である。今回の出張では、プロジェクト主要メンバー六人が、10日間常時行動を共にした。Nさんとは、このプロジェクトを通じて腹を割った話が出来ることが分かった。今回の出張結果を反映し、チームの意見を交えたプロジェクト実行方針の作成が課題である。

紅茶は、確かに安い。100Rp(300円)で100g買える。3000円分買って帰ったが、妻の評価は、今一である。JALはさすがに機内設備は充実している。映画は、10本程度どれでも見放題。三丁目の夕日は、なかなか良い映画だ。最後まで見れなかった。TSUTAYAでチェック。

2006年3月22日 (水)

デリーに帰って来た。

バローダ、ムンバイを経てチェンナイを回り、デリーに帰って来た。各地のエンジニアリング会社を調査して思うことは、世界規模の経済活動で果たすインドの役割は大きく、彼らは十分に期待に応えるレベルにあるという事である。彼らが、必ず聞くことは我々は、何をすればいいのか?何処から何処までが、我々の仕事かハッキリしてくれということである。あからさまには言わないが、リスクの所在を明らかにせず、あいまいさを残すある意味高度な日本式取引には、ついては行けないという事だと理解する必要がある。

インターネット利用は、高級ホテルでは、有料サービスで大体一時間200Rp(600円)ぐらいかかり、電話回線を利用したほうが割安である。WBCでのJapan優勝の快挙もインターネットを介して仔細を知ることが出来、写真記事でも問題なくアクセスできるので問題はない。

10日間の旅は、あっという間に終わりを迎えた。家族に、紅茶を買って帰ると約束した、明日の空き時間にコンノートプレースに出て物色しよう。

2006年3月19日 (日)

ムンバイツアー

友人と名所巡り、限られた時間であったが有意義であった。62880009 62880004 62880006

2006年3月18日 (土)

一仕事@バローダ

インドに来て3日目、ここバローダはインド文明が発祥したインダス川流域に栄えた都市であり、インドで最も早く工業化された都市という話である。インドに拠点を持つ世界中のコントラクターが、この国のエンジニアリングマンパワーを自社のビジネスに活用しようと目論んでいる事が実感できた。またP社の大歓迎を受け、思いの他の収穫のあった二日間でもあった。世界規模のコンタラクターのパートナーとしての実績・能力が確認できた。インド人は論理的な民族とは聞いていたが、エンジニアリングプロセスの透明性は我々以上。そしてトップ自らが戦略を持ち、我々の訪問をビジネスチャンスと捕らえ、周到な準備をして待ち構えていたことからも、この会社は使えるとの思いを強くした。

2006年3月16日 (木)

DELHIに到着

デリーに到着。早速、ホテルからモデムにつないでマイブログにアクセスした。なんか、ホットする。えらいものである、世界中、どこからでも日本の環境に飛んで行ける。今、現地時間で午前1時を少し回ったところである。気候は、33℃だが、蒸し暑くない。デリーの空は、埃っぽい感じがする。人間が多いから??そういえば、北京の空も埃っぽかった。明日は、9時にホテルを出てG社を訪問。会社のメーラーを立ち上げて、社に報告を入れて、風呂に入り寝ることにする。

忘れないように、タイ航空は搭乗券の半券を郵送すればANAのマイレージに登録出来る。

https://www.ana.co.jp/amc-member/reference/tameru/flightmile_int_2.html

2006年3月10日 (金)

また仕事が来たゾ

今度は、香港。

部長曰く、どうやってインドの会社の成果物をチェックするか、やり方を考えておけ--と。次は、香港だからひとつの仕事にべったりとはいかんぞ--と言いたいのだろう。仕事のパッケージ化、始めと終わりがきちんと検証できるようにしておかなければならない。手切れの良い仕事を心がけるが、日本人を増員しなければならないようなヤリ方は、今や通用しないという事が、部長連中は理解できてない。理屈がつけば日本人を入れて何とかするという発想は、私は取らない。

Outlookが便利だ。

Eudraのインストールが、出来ずにOutlookに切り替えたが、思いの他、パワフルで使いやすいことがわかった。ライバルを駆逐して行くMSの凄さを再認識。

2006年3月 8日 (水)

手順のヒナ型。

今回の出張では、プラントの建設工事に必要な膨大な設計図書の作成を任せられる設計会社を訪問し、その力量を見極めることが使命である。一流の会社は、設計情報の種類と流れに優先順位をつけることが出来る。プロジェクトの全体像を決めて、細部との関係を構築していく枠組みを決める部分での共通観が重要になる。

2006年3月 5日 (日)

調査質問票の内容

今回の調査目的は、前回引き合いの内容の具体的項目のつめというよりは、先入観なしに担当者として相手側ケイパビリテイを確認するという意味合いが強いわけであるから、調査の観点としては、個人的に確認したいことが優先してもよいと思う。
1.事務所の環境
2.経営者の態度
3.経営方針
4.技術者の技量、コミュニケーション能力:機器のプロットプランを確定させ、土建要求図を作って行く手法を持っているか?配管図とP&Iが果たす役割についての認識は、適切か?などを確かめたい。
5.マニュアル類の整備状況
6.実績の確認、図面、作業場の環境
7.服務規程、組織図、QA/QC上のルール
8.WBSのコンセプトで、実績管理が出来ているか?
  エリア単位で、各設計作業にメジャメントを割付、出来高と予算と請求金額の妥当性確認を行う方法がとられているか?
  これらが、グラフなどで可視化できるレポーテイングになっているか?
9.CADオペレーションマニュアルはあるか?
10.図面の変更管理、設計情報の共有管理は、マニュアル通りに出来ているか?
などなどである。

2006年3月 4日 (土)

インド出張決定

15日出発と決定した。パスポート、ビザも準備できた。パスポートは有効期限が今年の12月までなので、ビザも半年で切れてしまう。5月には、カザフスタンにも行かなければならないが、帰国後にはパスポートの書き換えをしておこう。出張用PCのセッテイングがいつものことながら面倒くさい。

2006年3月 2日 (木)

インド出張

さ来週からインド出張が予定されている。インドは、初めてだが、今、中国と並んで経済大国予備軍として注目されている国である。人口12億、ITサービスで世界中でその価値を認められて躍進著しいそうである。IT産業のメッカはバンガロールだそうだが、今回の訪問先には入ってない。バローダ、ニューデリーそしてチェンナイ(マドラス)と三都市を回る予定である。これから何度か行くことになると思うので、しっかり準備を始めたいと思う。

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